外資系の大企業病

あまり楽しくない話をします。

前職で苦労をしたという話をしたのですが、一つの側面を切り出しておくと、会社にビジョンがなく、多くの人が上司の顔色を見て動いていたのですよ。

多くと言っても「社長ならさすがに違うだろう」と思っていたら、社長もその上の上司も、そしてさらにその上も、同じような思考で動いていました。

外資系の場合、日本法人の社長も、アジア部門の社長も、指揮系統で言えばさらに上の人がいます。下手すると世界の責任者の上がいたり、株主がグループ会社の上だったりします。そうした環境で、自分で何かを創り出すという発想が希薄な人も多かったと思います。

一番上の人が、末端の意思決定まで口を出せるようなスーパー経営者だったら良いのですが、普通はそういう人は良い経営者ではありませんし、そんな経営者はまずいません。

僕がその会社に転職したときに、その問題を見抜けなかったので、自ら拾った困難だったと思います。会社人生の中で一番最初に転職する前に、「社長と会ってそのビジョンに納得いかなければ、その会社には行くな」と当時の尊敬する先輩から言われていたのに、です。

日本の大企業では、意思決定上の上司が多いために、決裁に時間と手間がかかって、自分の立ち位置や責任が希薄になっていくという大企業病があります。外資の場合、社員も少なく組織もフラットなところが多いので、日本の会社的な大企業病はないものの、組織の長が駄目だとそのまま組織が駄目になるという大企業病があると僕は思います。

最も苦労したのは、多くの幹部社員がその多くの時間を社内政治に費やし、顧客を向いていないことでした。政治は、対立する派閥がある場合、どちらがより正義かという問題は、属する派閥によって意見が違うところですが、より問題なのは、意見が分かれたまま一つ屋根の下で仕事をしていることにあります。

意見が分かれたまま、それぞれを批判し合い、出世や手柄という目に見える成果だけを求めて仕事をする。そうした組織で、商品企画や営業企画を立てても、なかなか前に進みません。

だからと言って、社内政治を撲滅するだけの人事権を持った上司も存在せず、ただ指をくわえて時間が経つのを待つばかりという状態でした。

会社員の辛いところは、そうした中でも仕事をしなくてはならないし、自分の気持ちと折り合いをつけなければならない点です。キャリアを考える場合、夢や得られる経験をその会社でどこまで追って、現実をどこまで受け入れるかというバランスの難しさです。

どんな経験も無駄にはならないので、僕もその会社で我慢したことは良かったなあ、と今では思えるようになりましたが、会社員で環境を変えるには、自分がその会社のトップに登り詰めるか、その会社のトップが変わる(代わる)かなので、何ともやるせない話です。