機関投資家向けベンチマーク運用の未来

2010/10/3付のFT Online記事、「No rush to separate alpha and betaが面白かった。

「Separate alpha and beta」については後で説明するが、まずは年金基金などの機関投資家向けの運用で、一般的に使われているアルファとベータという用語について説明しておこう。資産運用業界ではベータのことを、マーケット全体のことを指し、日本株では例えばTOPIXがベータであると見做している(注1)。

それに対してアルファとは、ベータから少し変えた運用をすることで、ベータよりも良いパフォーマンスを狙った結果、得られる超過リターンのことである(注2)。ベータから少し変えるというのは、例えば今後大きく上がりそうな企業(例えばシャープ)があれば、それがTOPIXに占める割合よりも多めに投資するということを意味する。つまりファンド・マネージャーの力量が問われる運用なのである。

運用業界には、ベータだけを狙うインデックス・マネージャーと、アルファを狙うアクティブ・マネージャーがいる(注3)。後者に対比する用語として、前者のことをパッシブ・マネージャーと言うこともある。

記事は、「アルファとベータの分離はなぜ進まないのか」と言っているようで、現代の機関投資家運用を熟知している人にとっては違和感を与える。なぜなら、その分離はとっくの昔に終わっているからだ。しかし、ここでは少し違う意味で捉えているらしい。ポイントだけ言うと、アルファよりもベータの方が一般に大きく、ベータを決めることの方が重要なので、そうした能力に応じて報酬を得るべきだ、というものだ(注4)。

タイトルの説明は、ここでの主題ではない。重要なのは、こうした話題が経済紙とは言え、業界専門誌ではないFTに載ったということだ。その記事では、
『there is a growing body of thought that much of what managers attribute as alpha, especially in longer-term thematic investing, boils down to some cyclically persistent aspect of stock markets that is better termed “smart beta”. 』
という文の中で「スマート・ベータ」という用語まで紹介している。これば、長期に効いてくる投資アイデアを提案する人が少しずつ出てきて、それにより、従来からあるインデックスによるベータを提案するのでも、またそのベータから少しだけ変えて運用するものでもない、と言っている。

この議論は、このブログでも以前に議論させて頂いた点と同じである。ただし、記事が面白いのは、運用会社の報酬体系に焦点をあてている点だろう。

通常、アルファを狙うアクティブ運用は、運用資産残高×運用報酬率という計算で運用報酬が決まる。世の中にはさまざまなアクティブ運用があるが、多数派は、先に説明したようなベンチマークの構成を「少し」変えて運用をするという手法である。

「少し」とはどのくらいだろうか?分かりにくい説明になるが、不確かな値動きをする金融商品は、リスクとかボラティリティと言われる指標で、どれくらい不確かな動きをするかを数値化する。僕の経験から、先進国のベータは概ねその数値が20であるのに対し、「少し」が意味するアルファの不確かさは2〜5だと言っておこう。

すると、こういうことが起きる。もしTOPIXが10%上がって、運用成績が対TOPIXでマイナス1%だとしても、前年の報酬よりプラス9%上がる。このことが心情的に許せない、と思う人は少なくないだろう。

もっとも、ベンチマークに負けたので、アクティブな判断には報酬は払いたくないと思っても、ファンドの管理にはさまざまなコストがかかるから、ある程度の報酬は払うべきだろう。それよりも、運用資産残高に比例して運用報酬金額が決まるという仕組みの方が問題だ。なぜなら、運用資産残高に応じてかかるコストというのは、そう多くは存在しない。ファンドのお金や有価証券は、資産運用会社には存在せず、信託銀行などの金融機関に預けられていて、そこでは運用資産残高に応じてコストがかかる。それ自体も不思議だが、それ以外のファンドの監査費用やシステム使用料、さまざまな事務にかかるコストなどは、運用資産残高とはあまり関係がない。

そうなので、実際、顧客の資金が大口になるほど、運用報酬はディスカウントされていくが、その仕組みに競争原理は強く働かない。なぜなら、運用商品がたくさんありすぎて、横比較が極めて難しいからだ。

この議論を難しくするのは、大規模のファンドがあることで、小規模のファンドが守られるという指摘である。通常は、ファンドを維持するための最小金額というのがあって、それを下回るとファンドが途中で終了することがある(注5)。その最小金額を厳密に計算しすぎると、購入したファンドが小さくなったときに最後まで残った人が不利益を被ることがある。

運用報酬の話に戻ると、スマートベータは違う。運用成績の大きな部分を占めるベータの判断に、運用マネージャーが関与するからだ。その点は僕も同意する。

この議論は、昨今の先進国市場のベータ(市場インデックス)の不調ぶりに、呼応しているかのように映る。また、モダン・ポートフォリオ理論が生まれたころは、先進国も含めて、経済成長に伴う”配当”が得られると考えられており、それを株式のリスクを負うことで得られるであろうリターンということで、Equity Risk Premiumと呼ばれていた。

そのような時代では、ポートフォリオ全体の何割を株式にあてて、そのうちの国別配分をどう行って、そして各国ではどのくらいアクティブな運用をして超過リターンを得るか、という方法論が取られていた。

しかし、ここに来て急速に、先進国のベータに対する信頼が失われていると思う。それは、デフレ経済であり、新興国の台頭であり、規制や保護主義的な政策が先進国の経済をスローダウンしている、ということと関係している。

先進国による政策の是非はここでは議論しないが、新興国の台頭は時代の必然であり、避けることはできない。かつての日本は、それにより大きく恩恵を得た国である。なのに、資産運用においては、ベンチマークに依存しすぎて、もっと大きな変化に対応できていない、というのが僕の見方である。




注1:日本株のマーケットを厳密に捉えると、TOPIX以外の上場株や非上場株があるので、TOPIXはマーケット全体を意味しない。しかし、他に指標がないのと、企業の大きさから言ってTOPIXはマーケットを代表するので、この議論が実務的に通用している。
注2:超過リターンと表現したが、プラスの場合もあればマイナスの場合もある。リターンというと”見返り”という訳語からもプラスのイメージを持ちがちだが、資産運用ではそういう定義はない。
注3:そもそも、なぜアルファとかベータとか意味のないギリシア文字をあてはめたのだろうか。それは、運用の理論を最初に数式化した人がそういう定義をしたからに他ならない。なので、「なぜ?」と悩むのはやめて、慣れ親しむしかない。
注4:ポータブル・アルファと呼ばれる議論や技術が、現代の運用管理手法である「アルファとベータの分離」を支えている。記事では、そうした話とは別の観点で、アルファを狙うアクティブマネージャーの報酬が、「ベータの部分にまでかかっているのはおかしい」という論点から、「アルファとベータを分けろ」と言っているようである。
注5:個人投資家が購入する投資信託では、予め定められているケースが多い。しかし、その金額の是非を判断するのは難しい。旅行会社が言うツアーの最少催行人数とは違う。




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