企業の海外移転は空洞化ではない?

2010年10月12日号のエコノミスト円高特集だ。対ドルでは円高という印象が強いが、対ドルだけで論じるのはおかしいし、そもそも日本はデフレだから、それほど円高ではあるまい、というのが多くの記事に共通していた。

「デフレだから円高ではない」というのは購買力平価の話だが、分かりやすく説明してみよう。

もし10年前に1ドル100円だったとしよう。アメリカは10年間の合計で金利が10%上がったとする。つまり物価が上がっている訳だ。すると、10年前の1ドルは1.1ドルになる。日本は金利が上がらなかったとしよう。そうすると、10年前の100円は今でも100円だ。

今の時点で、1.1ドルが100円となる。つまり、1ドル90.9円(100÷1.1)だ。表示上は円高に見えるが、物の価値は変わらない。

1.1ドルが100円になるという部分が分かりにくいかもしれない。なぜなら、10年前に、10年後の世界を言い当てられる人などいないからだ。また、物価の違いだけを頼りに、為替レートを予測する人は少ない。少なくとも、先進国でみられる安定した物価水準においては…。

しかし、「それほど円高ではない」と言っているのは、単なる事後的な検証をしているだけで、それ以外の意味はない。ポイントは、日本はデフレなので、物価が上がらず、お金の価値はそれほど変わっていないということだ。それに対し、ほとんどの外国は相対的にインフレで、物価が上がっている。ということは、お金の価値は少しずつ目減りしているから、気が付いてみたら円が強くなるのは当然であるという点である。

こうした変化は1日では気づかないが、積み重なると大きいということだろう。それに対して、人々の記憶というのはなかなか変わらない。今でも1995年の最高値79円/ドルは印象的だからだ。

ちなみに、先の例は10年という長い期間を使ってみたが、3か月などの短い期間では、理屈っぽいことが言える。ありえない世界だが、アメリカの3か月金利が10%、日本が0%だと、為替の先物は90.9円/ドルで決まる。なぜなら、3か月でもらえる利息は、現時点で約束される訳だから、日本と米国のどちらか一方が有利な食い扶持を得られる、というのは存在しないからだ。もし、先物価格が90.9円よりも少しでもずれたら、すかさず取引をする人が出て、再び均衡点である90.9円に戻る。この金利先物価格の均衡のことを金利パリティという。

さて、冒頭の円高特集の中で、同志社大の林敏彦さんが、興味深いことを言っていた。「企業が海外移転をしても日本人も移る訳だから、空洞化というのはおかしい」というものである。国内総生産GDP)と国民総生産(GNP)というのがあるが、昔はGDPとGNPはあまり変わらかったのに対し、最近はGNPが4%ほど大きいそうである。日本の潜在成長率が2%だとすると、2年分くらいの付加価値が海外からの稼ぎから生まれているのではないだろうか、という指摘である。

GDPとGNPの差は、GDPが国内での付加価値総額に対し、GNPは日本国民による付加価値総額であるということである。では、その金額をどうやって集計するかというと、推計に頼る部分もあって、詳しく知ることは意外に難しい。いろいろな人がその差や計算方法について書いているので、詳しい説明はここでは割愛したい。

試しに、四半期で閲覧可能なGDPとGNI(GNPに近いと言われている)を見てみたら、時期によって数字は異なるものの1998年と2010年とでは、その差は大きくなっている(GNIの方がより高くなっている)ことが確認できた。そもそも、日本は昔から海外での生産(収入)が大きいと言われているようだ。なので、今の時点の「4%」という差を「2年分の成長」と解釈するのは、分かったような気にはなるが、実は意味がよく分からない。それよりも、過去と比べてどう変化したかという「差の変化率」を見る方が意味がありそうである。

では、企業の海外移転が必ずしも悪いことだけではない、と言えるとして、問題なのは、日本人がどれくらい海外に移住しているかという点と、そうした人々が稼いだお金が日本で使われるかどうかという点であろう。日本で使われることがなぜ重要かというと、それが税収の対象であるということと、国内での他人の所得になるということである。

この議論をしていくと、全員が海外に移る訳でもないし、全額が日本で使われる訳でもないし、さらには移住した人たち全員が将来日本に帰る訳でもないし、その子供たちは海外に定住してしまうかもしれない、という現実に向き合うだろう。なので、国内ですべてを賄っていたときよりは、いろいろなところでお金が海外に移ってしまう。まるで、水道管の継ぎ目ごとに水が漏れるかのごとく。

しかし、これは海外、とりわけ欧州の国々が経験してきたことである。日本だけが、国内に留まって経済や社会活動をし続けることはないだろう。

標題の「企業の海外移転は空洞化ではない?」については、100%空洞化とは言えないまでも、水は継ぎ目から確実に漏れていく。今、われわれがすべきは空洞化を嘆くことではなく、海外から投資や人を呼び込み、国内でお金を使ってもらうかという成長戦略であり国家戦略である。

それによって、海外移転を取りやめる企業も出てくるだろう。海外からの出戻りも出てくるかもしれない。

国家間の競争をなくすことは、もともとあり得ない。それは、誰しも認識していることだろう。ただ、その競争がかつて経験したスピードよりも速くなっているという現実に、ついていけてないだけなのだ。

林さんは、「円高にはメリットもあるのでそれを活かせ」という趣旨のことを言っている。他の著者にも同じことを言っている人が多い。いち早く行動できる、スピード感の出せる、企業がこれからの勝ち組になっていくに違いない。




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