書評 〜 超・格差社会、アメリカの真実

この本は、僕が感じていたアメリカ社会のイメージや、アメリカで働いている同僚たちを見て思うことを、ズバッと突いている内容だったので、面白かった。これまで、アメリカの歴史をまじまじと学ぶ機会もなかったし、政治や経済だけでなく、権力という角度から見たことはなかったので、それも面白かった。

タイトルにあるように、格差について触れているのだが、「じゃあどうしたら良いの?」という問に対し、僕はなかなか議論をする視点に辿り着けない。格差の議論には、教育の問題が関係し、世代を継いでいくことも多いから、問題の大きさに途方に暮れているのだと思う。

生まれながらに不平等という現実。例外的なアメリカン・ドリームはあっても、それは統計的には小さな可能性でしかないという現実。一国の中での格差だけでも問題は大きいが、さらに、生まれた国や生まれた時代によって受ける苦難も違うのだ。

複雑な議論になればなるほど、価値観の違いによって何が良いかも変わってくるので、一概に「これはいい、あれは悪い」と決め付けられない点が実に歯がゆい。

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アメリカが移民社会であり、クリエイティブを賞賛し、それを効果的にさせる仕組みを作っている、というのも面白い部分であった。「バックグランドが全く違う」人たちを集めるために、「集団の目的を明確化」し「プライバシーを尊重、つまり余計なことには触れないルール」があって、「広くかつ薄い人間関係に集約される」というのは、僕の会社のチームでやっていることと極めて近い。会社が米国に拠点を持っているので、自然とそういう指向になったのだろう。

薄い人間関係という言葉は、ネガティブなのだろうか?僕は、自分のチームがそういう関係で成り立っている、と言われたようで、ややショックだったが、実際に言われてみるとその通りだ。濃いことが良いと思う人もいるけれど、仕事という機能性が優先される世界の中で、そのことが負担になってはいけない、と思う。

もし日本的な組織が、(相対的に)濃い人間関係の上に成り立っているのであれば、プロジェクトXのような感動的な秘話もたくさん産まれるだろう。しかし、テレビが取り上げる幾つかのサンプルの周辺に、どれだけの悲劇があるのかは、僕には分からない。

米国的な組織では、バックグラウンドが違うことを存分に楽しめる、という強みがある。考えもしなかったアプローチ、異なる性格、専門性から、新しいアイデアが生まれる。

いずれにせよ、人間は社会的な生き物でもあるから、人間関係という面については濃すぎず、薄すぎずというバランスを取らないといけないと思う。仕事に没頭してしまう人ほど、自ら注意しないといけない、などと思った。

超・格差社会アメリカの真実 (文春文庫)

超・格差社会アメリカの真実 (文春文庫)




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