書評〜デフレの正体

デフレの正体は高齢化社会に伴う構造変化から来るものだ、という本。手に取りやすい新書で、専門的な用語を極力使わずに、巷であふれる意見に対して疑問を投げながら、図表を使って丁寧に説明してくれるので、分かりやすい。

高齢化社会という部分をもう少し説明すると、1)働く人が減って消費が伸びない、2)高額所得者は高齢である傾向にあり所得が消費に回らない、3)消費が増えないから企業は賃上げができない、という話です。(3)は補足が必要で、輸出企業の場合は2004年から2006年にかけて、人件費総額が上がっているが、そのうちの3分の1ほどしか消費に回っていないという点で、全体(マクロ)では不十分だったという話です。

消費が伸びないから、価格が上がらない(=デフレ)。戦後最長の好景気と言われた2002年から2007年でさえ、モノが(国内で)売れなかったのは、景気循環では説明できない要素があるはずで、それが退職期を迎え始めた団塊の世代の人口動態で説明できるのではないかという点です。言うまでもなく、この現象は現在進行形ですから、目が離せません。

消費が伸びない理由は、消費社会として成熟期にある(買いたいものがもはやない)という見方もできれば、先行きの不安という見方もできます。先行きの不安は、勤労者世帯では景気や雇用に対する不安ですが、高齢者の場合は、いくつまで長生きできるか分からないという長生きリスクの方にあります。なので、全体として消費にお金が回らずに、貯蓄に回る。貯蓄は企業に投資されるけれども、企業はデフレであえいでいるから、投資されたお金を十分高い水準で配当できず、結果消費にも回らないという悪循環に陥っています。

これらに加え、好景気を支えた企業のリストラによって、企業の生産性は向上したが、雇用者への賃金(総額)はなかなか上がらなかったという点も見逃せません。つまり、企業としては効率が上がったし、一株あがりの利益も上がったけれど、雇用者への賃金はそれほど上がらなかったので、消費にお金が回らないという点です。輸出企業の場合は、海外生産による国内空洞化の要素もあるでしょうから、企業は儲かっていても個人にお金が回っていないというのは深刻です。

株主である個人は儲かっている訳ですが、この人たちは傾向的に高齢であり、消費しないという点が再び指摘されています。

悲しいことに、企業として最適な手を施すほど、雇用者に回る賃金総額が削られ、国というレベルでの景気を冷やしてしまう。部分最適全体最適にならないことが起きているわけです。経済学では「合成の誤謬」と言われていることが起きています。

資産運用を行う人にとっては、耳が痛い話になります。個別企業を通じた資産運用は、まさにその部分最適を支持する行動に立っています。株主vs従業員、資本vs国家という図式が見えてしまう訳ですね。

著者は企業に「ISOのような自主的な目標を通じて雇用者増を促すことができれば」と言ってましたが、なかなか難しいでしょうね。資産運用業界としては、SRI(社会的責任投資)の枠組みで、国という経済圏の活性化に貢献する企業を応援しようという動きが作れれば良いのですが。これって、とある年金基金の方が、ホームアセットバイアスの議論において、「国内企業を応援するのは社会的道義だ」と言っていたのと通じるものがあります。

話を本書に戻します。ではどうしたら消費が伸びるのか、どうしたら消費する人にお金が回るようになるのか、について著者の意見と巷で議論されている意見について、議論が展開されています。面白いので、興味のある方は是非お読みください。

本書は、現状をとても分かりやすく解説していると思います。提言についても、個人的には実効性に疑問を持っているインフレ・ターゲット論によるのではなく、実際に消費を増やす政策案が並んでいるところに好感がもてます。

経済を「○○率」で語っている場合には「何を何で割っているかをしっかりと見る」ことや、「率だけでなく実数を見よ」と言っている点は、非常に勉強になると思います。評論家(特に専門とは思えない人々)や政治家が話す内容も、どこまでが内容がともなっていて、どこまでが表面的か(言葉だけか)を見極める手助けになると思います。

デフレの正体  経済は「人口の波」で動く (角川oneテーマ21)

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