書評〜なぜ投資のプロはサルに負けるのか?

一般の方向けの、資産運用の入門書としておすすめする本です。結論を先に言うと、投資で娯楽感が得られそうにない人や忙しい人はインデックス投資をした方が良いのでは、というお話ですが、ではなぜアクティブ運用が勝てないのか、つまり投資のプロと言われている人が市場に勝てないのか、を解説しています。

金融業界のお仕事や用語、ファイナンス理論の基本部分を非常に分かりやすく書いているので、結論を受け容れるかどうか以前に、基本をおさえるのに使える本だと思います。

インデックス運用というのは、市場インデックス、例えば日本株ではTOPIXインデックスに追随するような投資信託ETFを買う運用のことですね。アクティブというのは、そうではなくって何らかの投資哲学や戦略に基づく運用です。例えば、日本の財政破綻からインフレのリスクがあると考えて、金や資源などを組み合わせたファンドもアクティブ運用ですし、これからは省エネ、二酸化炭素フリーの技術が受けるはずだというので、そうした技術に長けた企業を選別したファンドもアクティブ運用です。

投資のプロがいるからこそ、市場は適正な価格を付けることができるので、サルに負ける投資のプロは必要でもある、という皮肉には参りました。なぜなら、僕もつい先日まではアクティブ運用のプロであったからです。

この本でも「プロの平均は・・・」と書いてあって、プロの中でも勝てる人は一握りいます。ただし、その場合でも常に勝ち続けることは稀であって、負けるときもあるということです。そして、一握り以外の多くのプロは負けている。プロであっても、他との競争であり、投資のアイデアや発見はすぐに他のプロや投資家によって真似されてしまう。製造業やサービス業では、熾烈な開発競争と価格競争が繰り広げられていますが、それと同じかそれ以上に、資産運用の世界でも競争が行われています。

お客さんにすら、資産運用の手の内を説明しないことすらありました。本来は、それで信頼を得ようだなんて考えられない行動ですが、紙に残すと何故か競合相手に知られてしまうという風に考えられていたものです。一部のお客さんは、そうした姿勢をむしろ支持して下さいましたが、多くのお客さんにとってこの方針は不評でした。

この本は、プロの世界をのぞいてみることよりも、そもそも予測をするのはいかに困難なのかということを再認識し、それを行う努力と結果を読者が取るか、それとも本業に力を注ぐことを核として資産運用と付き合うかを考えさせることにあるのだと思います。

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この本で、個人的に興味があったのは、著者の藤沢さんは投資銀行クオンツだったという点です。僕は、資産運用会社のクオンツだったので、ある意味で共通点を探りながら読んでいた訳です。例えば、スキルのある投資家は世の中に存在するでしょうが、資産運用の世界での結果というものは、「こうありたい」とか「自分でもできるはずだ」という精神論や自己啓発本が布教する楽観論では、得られない厳しさがあります。事実として「平均的にこうだ!なぜなら・・・」という論理で書かれているところに好感が持てます。

アクティブ運用の失敗例として、頭脳集団であったLTCMの破綻劇が載っていましたが、そのことは「どんなに頭が良くても投資で勝つことはできない」とは言えても、「投資では勝つためには、頭を使ってはならない」と言っている訳ではありません。米国の学術界の人は、ビジネス感覚に長けている人が多く、自分の専門外の人と組んで何かを創り出そうとする人がいるのも、僕が経験した現実です。LTCMの場合は、金利アービトラージという限られた戦略の中で、多くの人がその考えに追随した結果、収益を得続けることができなくなったと理解していますが、それも1998年に起きた昔話です。

一つだけ、米系資産運用会社でクオンツをやってきて思ったのは、アメリカの学会は非常に競争が激しく、議論を戦わせる姿勢や結論に至るまでの情熱の注ぎ方が非常に力強いというものでした。日本で学んだ人がそうした能力で不足しているとは言いませんが、世界中から我こそと集まった競争社会の中で結果を出した人が、ビジネスの社会でも結果を出そうとしていることは、会社内という仕事環境でさえ競争的かつ刺激的にしている部分でした。科学者や頭脳集団が常にスゴい訳ではありませんが、アメリカで鍛えられた人は、頭だけではなく、体力や精神でも相当に鍛えられているという点は見逃せません。

それでも「投資のプロをめざしたい」という人には、知っておいて欲しい点です。




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