書評〜希望を捨てる勇気、停滞と成長の経済学

著者の池田信夫さんは、ふだんから頻繁に、経済学者の言動について彼のブログで解説・指摘をしている。経済学は時代と共に発展したり変わる。そして、複数の異なる見解が並存するから、経済学者の間では論争が起こるのだが、そうした見解の違いなどを分かりやすく解説してくれる。辛口の、ややひねくれた感じの物言いは好き嫌いが分かれると思うが、本書は経済論争に明け暮れるような小さいものではない。

本書のメッセージは、「日本は、希望を捨て、今変えないと絶望しか残らない」というものだ。実際、安倍さん以降の自民党政権から現在の民主党政権にいたるまで、政治を中心に閉塞感が強い。政治だけでなく、経済界においても、円高金融危機を発端とした輸出の低迷という外生的な要因があるにせよ、台頭する新興国に対して強みを出せないままでいる。原因でもあり結果でもあるデフレは、消費(需要)が伸びないので、おさまる兆しはない。

本書は経済学を使った説明ではあるものの、専門的に学んだことがなくても、著者の主張を読み拾うことはできるだろう。改めて言うと、本書は経済論争を主題にした本ではない。経済学というフレームワークは使っているものの、日本の停滞という問題の本質は、経済学にあるのではない。それは、日本という国(社会)のシステムにあるので、いくら景気対策をやっても、短期的な効果しかなく、本気で改革をしないといけないということである。

幾つか、そのシステムの問題について、まとめてみる。(一部は、僕の表現に置き換えています・・・)

1.解雇ができない日本企業:正社員と非正社員間の格差が大きくなる。勤めていながら社内失業のような中高年の存在。結果、日本企業は低い資本効率(低ROE)に。産業構造を変えるための人材の流動性が起こらない。
2.大企業城下町という昔からのシステム:系列重視の日本の生産体制は、すりあわせを要する時代には効果的だったが、モジュールの組み合わせで生産できる現在には非効率。(モノづくりのやり方が変わった。)大企業はイノベーションが苦手で、破壊的イノベーションはできず、小手先の持続的イノベーションになってシェアを失う。
3.官僚主導の弊害:時間がかかったバブル処理。(金融機関への資本注入の遅れ、不良債権の償却の遅れ。)変わらない景気対策。(公共工事に依存した財政政策。不採算企業を延命。)政権が変わっても実権は官僚の手に。(法案の作成は官僚。複雑な法律。)予算型の成長戦略。(リスクが取れない。イノベーションは生まれにくい。)総じて、変化に弱い、変化を創れない。

つまり、正社員、大企業、官僚による既得権益の保護や立場の保全が、世の中を硬直化し、イノベーションと呼ばれる革新を妨げ、新興国に追いつかれ、これから追い越されようとしているのである。

われわれ1人1人に何ができるかを考えることは、大切だが極めて大変だ。

例えば、僕は10数年前に外資系企業に移ったので、「大企業」の弊害については感じなくなった。ただ、僕の行動は、日本のシステムという問題解決に対しては、無意味に等しい。もし、国民の多くが外資系を選ぶなら、例えば学生人気の会社ランキングのトップ10がいずれも外資系ということにでもなれば、現政策への反対の意思がはっきり表れるが、そうでもない限り、意味はなさないし個人主義的な行動だ。国民の多くが日本を出てしまう、ことになったら、別の衝撃が走るだろうが、それは起こらないだろう。足元では、企業が本社を海外に移すという動きが懸念されている。これは危機感を煽るのには良い動きだが、あまり長くは放置してほしくない。税収が減って困るのは政府だが、最終的に困るのは国民だからだ。

選挙で投票をすることは、基本的でありながら誰もができる大事な行動だ。しかし、政策の違いがあまりなく、しかも経済政策やこの国のビジョンという点では、どの党も分かりやすい姿を示していないように思えるから、各党にはもっと政策ブレインを集めて努力して欲しい。マスコミも、政局ばかりを追うのではなく、中身の議論をたたかわせるような場を作って欲しい。僕は、ちゃんとしたマスコミなら、お金を払ってでも見たい。一方で、くだらない番組については、番組を見ないどころか、そのスポンサーの商品を買いたいとは思わない・・・、というのは極論だけれども、そういう動きをしたら少しは世論も変わるかもしれない。

希望を捨てる勇気―停滞と成長の経済学

希望を捨てる勇気―停滞と成長の経済学




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