書評〜「課題先進国」日本

2007年9月に出された本。著者の小宮山さんは東大総長を務めたことのある方。

日本は、途上国であった時期から、公害などの環境問題に取り組み、先進国の今では環境をはじめとする各分野で優れた技術を持つというのは周知のとおり。環境問題だけでなく、少子化・高齢化でも日本は課題を先に抱えることになるから、そうした課題にイノベーションを起こすことで、世界のためになろう、そういう気概を持とうと鼓舞する本である。

本書の前半。話題は、エネルギーと環境問題に集中し、著者が掲げる「ビジョン2050」の説明に入る。僕は、ビジョン2050に本書で始めて触れたので、その評価や評判については詳しくないのだが、ネットで調べる限りはそれほど話題に上がっていないようだ。ただ、この部分があることにより、本書の狙いが何なのかが見えなくなる。著者はエネルギーと環境問題の専門家と言うが、その話題で議論を展開するならば、著者のビジョンと平行し、京都議定書で知られる気候変動枠組条約について解説して欲しいし、政府が掲げる目標や、小宮山さんの提案との間を説明して欲しい。

後半になって読み応えが得られた。著者の主張は、課題を解くにしても一般に課題は複雑になっていて、それを解くための技術・知は昔と比べて今は細分化している。なので、知の統合が必要であると言う。つまり、一つ一つの技術から思いつく改善や改革は小さなものになりがちで、そういう目線から課題を解いても大きな変化は起こせない。それよりも、最初に「こうしたい」という目標を掲げて、それに対して異なる専門家の知を結集するのが有効だと。なるほど、と思った。東大の取り組みも参考になった。

全体を読んでの印象は、話の展開がふらふらっとしていて、内容を詰め込みすぎたのか、著者の「自分」を主張する姿勢が強すぎるのか、1つの知を感じるのは難しい本なのだが、ところどころに著者の知識と経験から得るものがあった。読者にも、細分化された知を結集する能力を試しているのだろうか。だとしたら皮肉だ。


「問題」に早く触れるということは、その解決を考える上でチャンスである。不況にあえぐ日本が、(日本のデフレも今の世界では課題先進なのだが・・・)そのことを認識して、世界でリーダーシップを取るべき、だと思う。しかし、多くの分野で、課題に真っ向から取り組んでいる民間企業の人は、本書があえて言わなくても、そういう気概で動いているのではないだろうか。著者が言うように、課題設定の視野が狭すぎるのかもしれないが、それに対しては概念的な話と著者自身の身の周り話に終始し、具体的な問題を報告してはくれない。

著者のエネルギー問題に対する知識は工学部の識者からのものという点でとても勉強になる。例えばエネルギー効率の話などだ。また、著者が掲げる「知を結集する」ための力を得るために、「ビジョン2050」は各論から積み上げたビジョンではなく、達成しがいのある、分かりやすく力強い目標になっている。しかし、僕のようなエネルギー初心者にとって、いきなり太陽光だ、バイオマスだと言われてもしっくりこない。エネルギー問題の入門書としては、埋蔵場所(地政学)、開発コスト、輸送コストなど広い見方から各種エネルギーを考え、最近のデータもカバーできている「エネルギーの未来」という本の方を僕はおすすめする。

「課題先進国」日本―キャッチアップからフロントランナーへ

「課題先進国」日本―キャッチアップからフロントランナーへ



【編集後記】昨日、ジムに行くときに乗った地下鉄。エアコンが故障していて、乗客は蒸し暑い中を辛抱して乗っていました。窓は全開で、走るとなんとか我慢できる。ふと、僕が小中学生の頃の、エアコンのない時代の電車を思い出しました。
昔は、気温が今ほど暑くなかったとしても、自分の父がそんな電車で毎日通勤していたことを思うと、頭が上がりません。
この暑さで、エアコンの故障は勘弁してほしいですが、僕はジムに行く格好だったので汗をかくことはむしろ気にならず、昔の思い出に少しだけ浸れた、貴重な時間でした。




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