書評〜メイド・イン・ジャパンは終わるのか?

前回に引き続き、日本の製造業について分析した本を読んだ。

まず本書では、80年代に羨望の的だった日本企業が、バブル崩壊を経て一転して批判の対象となった理由として、年功制や終身雇用制、ガバナンス制度が企業内部者に寄っていること、系列企業の存在、政府の関与などの、社会システムの問題を挙げる。つまり、競争や富の分配を妨げてきたシステムが、バブル後の景気低迷期において機能しなかったという指摘である。

これは多くの論者が述べていることであり、特に驚きはない。本書の面白い点は、批判的に見えるこれらの指摘は、ビジネスの結果から正当化された意見ではないだろうか、という見解にある。つまり、日本の制度が決定的に問題であったと言うほどの分析はなく、同時期に力を見せた金融・株主資本主義への評価の裏返しなのだ、と。

日本の経営スタイルが必ずしも優秀であるとは述べていないものの、日本企業が採用してきたシステムが支持され得る、と述べる。それは、金融危機以降、批判が強くなっている市場原理主義のアンチテーゼとしての支持である。若干皮肉が混じっているが、アメリカ型の経営ができない日本企業が不幸なのではなく、むしろ国民がそうした方法を望む可能性があると言うのだ。その結果得られるものは、国民が失業から守られることであり、そのためには多少高い価格や効率の悪い部門の存続を代償として支払うのであろう、という意見だ。

マクロ的な整理なので、読者によって好みが別れるところだろう。今のところ日本では、これまでのシステムを大きく変えようという選択をしなかった、または、できなかった、という点では正しい認識であると言える。本書も言うように、これは経済イデオロギーの問題であり、国際化された現代においては、イデオロギーが対決して、今のところ日本企業が負けているのだ、という整理もできよう。

次に、本書は幾つかの産業をケーススタディ的に取り上げて、特に90年代に力を失った産業と、今のところそうではない産業を、技術と経営の両面から詳しく見ていく。

力を失った産業の例が、半導体と携帯端末である。一方で、競争力を依然として発揮しているのが、デジカメ、自動車、家庭用ゲームである。この差は、前回の記事と同じで、すり合わせ型の産業であるかモジュール型の産業であるかによる。面白かったのは、何がその2つを分けるのかという分析で、顧客の要求が利用可能な技術に対して高いほど、そして製品などを産む環境が変化にさらされていないほど、すり合わせ型の産業が効果的である、あるいは生き長らえるというのである。言い方をかえれば、お客の要求に応じて、完成品から必要な技術を組合わせていくのが「すり合わせ型」産業の特徴で、参入障壁が高い場合ほど、それが効果であり続ける。

今後を占う上では、「そうした産業構造が続くのか」という点と、「日本企業がモジュール型に変換できるのか」という点で論じられているが、これはケース・バイ・ケースになるはずで、特質すべき提言にはならない。それはそうと、冒頭に挙げたような「日本の経営スタイル」の問題ではないだろうというのが本書の見解である。

僕も、雇用形態が日本の(一部の)製造業を駄目にしたとは思っていないので、本書の意見には賛成である。一方で、携帯事業が象徴的だが、ドコモのような強力な力をもった顧客が、携帯メーカーの国際競争力を削いでしまった例がある。つまり、携帯電話において、当初圧倒的なシェアを持った会社がドコモであり、携帯メーカーはドコモによって創り出された国内基準の設計要求に応えざるを得なかった。結果として国際化の波に遅れたように、銀行や建設、通信などの規制産業が日本の非効率性を残してきた点は看過できない。

銀行を例にすると分かりにくくなるが、金融システム全体として見れば、会計制度の遅れや持ち合い株の容認などを通じて、企業の多角化や過剰投資をバブル期に引き起こし、企業の意思決定を遅くしてきたという間接的な影響は小さくないだろう。銀行自体も大きすぎるので同じことが言えそうだが、例えばNEC東芝が、携帯から半導体にわたるまで、強いリーダーシップのもとで、事業モデルを速やかに変えてきたとは思えない。今となっては、結果論なので何でも言えてしまうのだが。

本書は、「非効率的な産業に効率的な経営実務を持ち込もう」と提案をしているが、僕自身は、日本のシステムは大きく変えないという点を前提にしても、製造業を含む全産業において、経営の戦略観と実行力を高めることが鍵だと思う。製造業であれば、前回の記事に書いたような競争優位性を見極めることであり、日本の「ものづくり」神話にリンクしやすいハイテクや自動車産業でなくてもチャンスがある。システムとして問題があるとすれば、経営陣がその執行能力を発揮しやすい環境になっているかどうかだろう。それについては、別の機会に考察してみたい。

メイド・イン・ジャパンは終わるのか ―「奇跡」と「終焉」の先にあるもの

メイド・イン・ジャパンは終わるのか ―「奇跡」と「終焉」の先にあるもの


【編集後記】近くで沖縄物産展をやっていたので、のぞいてみました。泡盛からブルーシールのアイスクリームに至るまで、沖縄を思わせる品々がずらり。島に行けば、そこに野菜や海産物も加わり、さらに賑やかなのでしょうね。
僕はと言うと、タコライスの素と新垣ちんすこうを買ってきました。暑さは和らいだけれど、「暑い」選択だったと思います。




こちらへも遊びに来て下さい。→金融の10番は日本人に任せろ!