書評〜残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法

橘玲さんの本は、これがはじめてだと思うが、話の導入として取り上げられる例が豊富で面白い。それに、一読しただけでは「何を言ってくるのだろう?」と思わせるタイトル(本のタイトルだけでなく、章や節でも…)で人を惹きつけ、読み進めるうちにポイントに誘導する文章は、先へ先へと読者を駆り立てるようだ。

話は、各種イデオロギーが登場した背景から、生物の進化論(進化心理学)、そして情報のフリー化など多岐にわたり、どれも本書の主張において、大きな役割を持っているのが面白い。しかし、そうした多彩な脇役に支えられた本書の主張は、ほぼ次の言葉に集約されるだろう。

自己啓発で能力をアップできたとして、どうやってご飯を食べますか?

これは僕の言葉で、橘さんは「恐竜の尻尾のなかに頭を探せ」と表現している。「恐竜」「尻尾」「頭」が何を意味するのかをここで語ると、読む楽しみを奪ってしまいそうなので、お楽しみにしておこう。


本書は、自己啓発のみが主題ではないが、「自己啓発」ブームは考える道しるべとして重要な役割を演じている。僕の感じた印象では、橘さんは自己啓発に否定的とは言わなくても好意的ではないようだが、僕は、彼が言う残酷な世界を知った上でも、自己啓発自体は良いことだと思っている。

ただし、自己啓発には、自分に向いた分野のものもあれば、向いた方法もあるので、みんなが良いと言う方法を無条件に受け入れることはしないし、少し試して自分に合わないと思ったら、時間とお金を浪費する前に、降りることにしている。

橘さんに共感するのは、「では、能力を高めたところで、それをどうやって活かすのか」という部分だ。実は、この質問は、能力を高めない状態でも共通する。つまり、自己啓発を肯定しても、否定しても、「どうやって活かすのか」は避けることのできない問いなのだ。

今の世界に生きる僕らは、幸福の基準が親の世代から変わってきている。このことを先進国ならではの成熟化と評することはできても、ではどうやったら幸福になれるのか、という答えにはならない。

人は他人からの承認で生きる、というのは有力な幸福観だ。お金を儲けることができるかどうかは、結果論だとして、ではどうやったら承認を集めることができるだろうか、というのが重要な質問である。

例えば、知識や経験を得て、新しい挑戦をする人がいるとしよう。このことはとても美しい。しかし、その挑戦が、既に他人がやったことの焼き直しだったり、とても些細な変化しかもたらせなかったとしたら、どうだろうか。この本質的な質問は、昔から変わっていないはずだが、情報化が進んだ現代では、これが意味することは昔よりも大きい。

しかし、この差別化や比較優位を見つける作業は、自己啓発や能力開発という言葉の陰に隠れて、なかなか陽があたらない。それもそうだろう、この作業は自分の弱点と向き合わないといけない辛い作業だからだ。なかなか結果は出ないし、ましてや自己啓発の本やセミナーで容易に見つかるようなものではない。斜めな言い方をしたら、そんなことを言い出したら、自己啓発セミナーは成り立たない。

偉そうなことを言うようだが、僕もこの質問にずっと向き合い、そして試行錯誤を続けている。おそらく近道はない。現実と向き合い、一歩一歩前進を試みることが唯一の方法ではないかと思っている。


夢を信じる、自分を信じる、努力を信じる、という言葉たちからは一線を画しているようだ。これは、確かに残酷な世界のようである。しかし、「信じるな」と言っている訳ではない。「信じることは大事」だけれども、信じるだけでは駄目で、自分が取ることのできる「行動」や「戦略」を考えないとはじまらない。つまり、夢をやみくもに追うのではなく、自分がもたらす価値と世界が求める価値を見ることが、夢を追うための第一歩なのだ。

この本は、挑戦する元気や勇気は与えてくれないが、夢と現実のあいだを冷静にみつめるきっかけは与えてくれる。僕は、それでも夢はもっていたい。しかし、夢はいきなり実現するのではなく、その夢に向かって無数の試みや積み上げが実現にたどりつかせてくれる。ちょっと背伸びをして得られる現実の連続が、夢の達成に向かっていくと言ったら良いだろうか。

残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法

残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法



【編集後記】昨日は、久しぶりに荒川の河川敷でサイクリングをしました。コースは僕にとっては定番で、視界を遮るものがほとんどない、のどかな田園風景を楽しむことができました。今回はじめてだったのは、iPhoneGPSアプリを使ったことです。とても面白いことに、通った経路やiPhoneで撮った写真の場所、平均速度などの豊富な情報が容易に集められました。これを、ブログに…と思ったのですが、GPSのデータが多いため、加工をしないといけないそうです。
今回は定番コースなので、一気にモチベーションが下がりましたが、これが旅行先だと断然はりきるのでしょうね。GPSによる記録は、設定次第で徒歩でも車でもカバーできます。旅行にまた新たな思い出作りが加わりますね。




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