書評〜メンタル・コーチング

著者は、スポーツに関連した著作を多く出しているが、本書はメンタル・マネジメントやメンタルのコーチングに焦点をあてている。

僕は、以前よりプロのスポーツで起きていること、例えば選手の心理状態、試合への準備、チームへの貢献、チームでのリーダーシップなどは、ビジネスの世界でもそのまま通用するものが多いと思っている。本書は、ビジネスについてはあまり触れていないが、例外なく僕の求めているものに応えてくれた本であった。

本書は1996年の夏、その年の高校野球甲子園大会の決勝戦の話から始まる。同点で迎えた9回裏、一死満塁、一打サヨナラの危機である。外野に野手の頭上を越えそうな大きなフライが飛んだ。しかし、「奇跡のバックホーム」が起きた。フライを取っただけでなく、本塁めがけて投げたボールは、サヨナラになるはずのランナーを刺したのである。奇跡を起こしたその野手は、延長戦では反撃の口火をバットで切り、そしてチームは優勝したのだ。

興味深いのは、この主人公は、レギュラーではなく、その日の試合も途中出場した選手だった。それまでの試合では、良いところがなかなか出せなかったそうだ。その理由に、彼はメンタルのコントロールに課題を抱えていたそうだ。

では、その選手がどうしてメンタルの課題を克服したかというと…。興味深い話が次から次へと出てくる。


「ポジティブ思考の落とし穴」という言葉が気になった。ポジティブ思考は、成功するための道しるべのように扱われることが多いようだが、実は不安や恐怖といった感情を抑え込んでしまい、どこかで抑え込めなくなってしまうそうだ。このことは、ポジティブに考えようとすればするほど、不安や恐怖が大きくなってしまい、逆効果であるそうだ。ただし、生まれつきポジティブ思考が向いている人というのは存在する。そういう人たちが、結果として成功したときに、ポジティブ思考を広めた結果、ある種の信仰が生まれてしまったのかもしれない。

先の甲子園の主人公だが、彼もポジティブ思考の落とし穴にはまった1人のようだ。物語は、彼がメンタルの課題を意識的に解決できなかったところから始まっている。解決できないのに大活躍とは…?


本書は、ポジティブ思考を否定することが目的ではないが、既に価値観として定着したように見えるそうした思考法や、根性や気合いに頼った指導法などが持つメリットと、併せ持つ問題点をついていく。選手本人が自らを理解し、自分に合った方法を取り入れていくことは大事だが、まだ選手が若い場合などは、指導者の指導法は大部分と言ってよいほどの影響力を持つ。

ポジティブ思考の落とし穴から脱するには、不安や恐怖を感じている自分を受け容れ、許してやることが効果的だそうだ。ポジティブ思考を持つこと自体は良いそうだが、「上手くいく」という「イメージ」を数秒思い描く程度で後はリラックスする方が良いそうだ。これらを実際にどうやるかは、人それぞれの自分との接し方があるようだが、少なくとも客観的に自分を見つめる時間を持つこと、は大事なようだ。

その中で、瞑想や座禅が例として挙げられている。思考や意識から離れることがなぜ良いのか、そしてそのために呼吸などの一定の動作やリズムに集中することがなぜ良いのかという話が続く。東洋医学的に映る瞑想も、脳波の働きを見ていくと、意識をつかさどる大脳の働きを抑え、心を平常に保つことに役立つという説明ができるそうだ。


ビジネスでも、プレッシャーのかかるプレゼンテーションや、ビジネスそのものが上手くいくか、という場面が多く存在する。しかも、1人の人間としてだけではなく、チームとして問題に直面することが多い。最善の努力を払うのは言うまでもないが、メンタルをどう保つか、そして周囲にどういう言葉を発するか、あるいは行動を促すかについては、スポーツの例から学べることが多い。

思考の縄を解いて、平常心でいることなどは、最近触れた直感に従うためのコツであるようにも感じた。

ただ無我夢中で走るだけでなく、自分の心の声に耳を傾け、不安や恐怖を感じる自分をゆるし、不断の準備を続ける。こんな過ごし方をしたいものだ。




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