ビジネス・リーダーの仕事術 〜 臨機応変に対応する力

HBR(*1)に「優れたリーダーはあえて組織をかき回す」というエドワード・ラップ氏の論文(*2)があって、面白かった。邦訳のタイトルは、残念ながら「かき回す」という言葉が何を示しているか分かりにくく、共感しにくい。原文タイトルがより内容を表している。「Good Managers Don't Make Policy Decisions」という論文だ。

リーダーの仕事のうち、重要なものは意思決定(Decisions)であることは言うまでもない。意思決定ができないリーダーがいる組織は、決定が先送りされたり、リスクが取れなかったりして、商機を逃すだけでなく、部下もついてこないだろう。

この論文が言っているPolicy Decisionsとは、それよりも大きな意思決定プロセスのことを言っているようである。それは、具体的な目標を掲げ、綿密にプラン(企画)を練り、時間や資源配分を遂行する、といった一連の流れを決定するようなものだ。

論文の趣旨は、優れたリーダーはそうしたお膳立てをせず、場当たり的に、漠然的に、動くものだという内容である。著者は、リーダーシップの研究者である。この論文は、経営成果を数値で達成したリーダーを観察して共通項をまとめたものだそうだ。

なぜ、事前にプランや目標を詳細に詰めずに、場当たり的に行動することが優れたリーダーシップにつながるのか?それは、リーダーはビジョンや戦略観に優れるだけでは駄目で、人を相手にした執行能力に長けている必要があり、現実にプランを実行する力が求められるのだ。

たとえば、「何でもかんでも押し通すことは無理があることを知っている」、「現場から孤立しがちなリーダーは個別に情報を取りにいける」、「組織に散らばる部門の力をバランスさせる力がある」、「楽観的で粘り強い」、「無関係に見える複数の提案を1つにたばねる能力がある」などの素質は、机上で計画を立てることより、いかに組織を前進させるかに向いているかが想像できるだろう。

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偶然にも、僕がこれまで勤めた日・米の会社で、双極のリーダーに接してきたようである。この論文を読んで行動しているのでないか、と思わせる人々は米外資系のリーダー達であり、対極にいるのが日本の銀行のリーダー達であった。なお、断っておくが、僕が日本の銀行にいたのは、10年以上の前の話なので、今は変わっているかもしれない。たぶん、変わっていないと思うけれど。

以下では、断りを入れず「日本の会社」「外資系の会社」と書くが、それは一般論ではなくって、僕が経験した一部の会社の話にすぎない。

日本の会社の場合は、会社のトップと末端の従業員の間に距離がありすぎて、直接話す機会がないか、あってもごくわずかだという問題がある。なぜそうなのかというと、企画〜意思決定のプロセスが企画部門や現場の上層だけで行われていて、リーダーの顔や声が現場に直接届かないのだ。

外資系も会社やオフィスによっては似たような面を持つ。しかし、「このリーダーはすごい」と思える人の場合、日々の問題をこなす過程において、従業員との議論を多く持ち、その結果アイデアが良ければ取り上げてくれた。困難が続いても粘り強かった。普段のコミュニケーションによって、部門間で利害が対立する状況が起きても、会社のゴールに向けて工夫する力学が常に働いた。これらの進め方の違いだけでなく、リーダーが末端の従業員であっても、「人」に興味を持って接してくれたと点が何より大きな違いであった。

日本の会社では、3年という非常に長い「中期経営計画」が大きな力を持っていた。文字通りの計画書で、いろいろな言葉や数値が並んでいた。いわゆる偉い人たちがその作成に尽力していたが、現場に降りてくるのは、決裁された状態のものだ。

外資系は、数年にわたる数値目標(利益の伸び率やマージンなど)はあるが、目標は1年単位である。計画という言葉は使われず、目標という表現であった。目標は細かくなく、従業員一人一人が、その達成のために、それぞれの持ち場で何をすべきか考える必要があった。

どちらの会社が問題に柔軟であり続け、部下がモチベーションを持ち続けるだろうか?

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「場当たり的」という言葉を使ったが、これは、訳者の言葉ではなく僕が勝手に持ってきた言葉だ。「場当たり」には「臨機応変」という印象があるので、ポジティブな意味で使ってみたのだ。

実は、その臨機応変さポイントがあるのではないかと思っている。ビジネスの状況は変わるし、現場の人が感じることも変わり続ける。綿密な計画は自分たちの首をかえって締めかねない。

「場当たり」と言っても、優れたリーダーは社内の情報は常に把握している。聴く力を持っていて、それでいて変化に敏感に反応する。アイデアを組み合わせ、異なる意見の人々と粘り強く交渉し、一歩でも前に進んでいく。つまり、「場当たり=無節操」ではなく、「意味の積み重ね」ができる人なのだ。

もっとも面白かったのは、「具体的な目標を定めない」という部分だった。組織はその目標を自分に都合よく解釈するのだそうだ。それよりも、あいまいな方針を示し、その軸に沿って「意味の積み重ね」をしていく。その方が時間の経過とともに変化する環境や状況に対し、普遍性があるようなのだ。


(*1)Harvard Business Review
(*2)HBR日本語版2010年5月号。原文は1967年"Good Managers Don't Make Policy Decisions"




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