書評〜社会保障の「不都合な真実」

本書が詳しく述べる社会保障については、子育て、生活保護、年金、介護、医療の各分野です。その名のとおり、社会保障に関連する問題は、社会問題として取り上げられることが多いのですが、本書は経済学からの知見を加えています。

国の借金である国債の残高に注目が集まっていますが、財政問題を支出の面から見つめてみる良い機会になると思います。僕は、とりわけ年金以外の、社会保障に関する類書を開いたことがないので、まだ不勉強の感が否めませんが、思ったことをここでは書いてみます。

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最初に、先月、国立社会保障・人口問題研究所により公表された2008年度の社会保障給付費に関するレポートから数字を紹介します。

2008年度の社会保障給付費(国の支出)は約94兆円です。対GDP比で約19%になります。(レポートでは対国民所得を見ていますので、違いに注意してください。)

年金、医療、福祉その他という分類があったので、同じく対GDPで見ていくと、それぞれ約10%、6%、3%という比率になります。つまり、国の収入に対して、そういった比率での支出が行われている訳です。総額では、アメリカ(16.5%)より高く、欧州諸国(例えばドイツで約26%)より低いという相対関係になります。もちろん、支出に応じて、社会保険料などの負担率が決まっています。

収入の欄を見ていくと、社会保険料、公費(税金からの繰り入れ)、資産収入と項目が並んでいて、その3項目で2008年の収支は黒字になっています。しかし、資産収入は、主に年金だと思われますが、積立金からの運用益や取り崩しがあるように見受けられるので、収支が黒字というのは怪しい部分です。

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社会保障全般に言える問題は、人口が減る(特に生産年齢が減る)ことによる財源不足と、高齢化が進むことによるさらなる支出の増加でしょう。これに、足元の不景気から来る、生活保護受給者の増加や待機児童の問題が加わっています。

年ごとの収支をどうやり繰りするかという問題に加えて、制度が子孫の世代まで持続できるような状態にしておかないといけません。そのために、少子化対策などを行っている訳ですが、効果に疑問の声があがっている上に、対策によって生まれた子供が生産年齢に達するまではかなりの時間がかかることから、今できる改革を施す必要があるというのが、大方の意見なのではないでしょうか。

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年金、介護など、高齢化に伴い大きくなっている問題はもちろん、医療や子育て、生活保護においても問題が山積であることを改めて確認しました。問題の原因として、縦割り行政による権限への執着、問題の先送り、既得権益にあやかる業界団体の反対などが見られます。

これらの問題を解決していくのは大変なことです。例えば、選挙公約で、社会保障の各分野について細かく書いているのを目にしますが、僕に関して正直に言うと、どの項目がどれくらいの効果があって、その優先順位が適切かどうか、などという判断はできていませんでした。

書いてある項目でさえそう思う訳だから、政治家が書かない場合は、「あの項目についてはどう考えるのだ?」などという突っ込みができる状態ではありません。

本書は、その意味で、各分野における問題を網羅し、時に横断的に論じているので、大変勉強になります。横断的と言ったのは、例えば年金未払いは将来の生活保護負担を上げるなどの例です。

しかし、一度読んで知ったつもりになっていても、問題が多岐にわたるので、全体像を捉えるのは難しいです。さらに、民主党政権が問題に取り組む順序には批判があるようで、その批判を紹介すると優先順位に関係なくページ数が嵩んでいくので、情報の咀嚼と整理が必要でした。表にまとめながら整理してきましたが、未だ優先順位についてはよく分かりません。しかし、このように読者なりの作業が必要となるのは、事の本質がそうだからなのでしょうか。

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本書にリクエストができるなら、運営でカバーできる提言と、財源が必要な提言にまずは区分して頂いて、それぞれにかかる費用(見積もり)を出して欲しいです。一部の例には金額の査定が行われているのですが、読み進めていくほど、財源を要する提言が多いことにうんざりするのと同時に、素人では金額による比較が困難なのです。うんざりするのは現実だとして、そして数値化するのも難しいとして、費用対効果という視点が常に必要であるとも思ったのでした。

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社会保障はなくてはならないものです。もし、この世界にいま生まれたとして、いま議論されていることが分かったらどう行動することが合理的でしょうか?

政治家も国も信頼できなければ全て自分で賄う、と思う人が多いのではないでしょうか?

現実には、健康保険1つをとっても、日本にいる場合は、風邪にかかる程度の医療では民間の保険はカバーしてくれないので、この考えは実現不可能です。ましてや、社会保障の一部は税金が財源となっていて、それを逃すのはもったいない行動ですから、渋々制度に従うというのが、現実的な選択なのでしょう。となると、「今の制度はいろいろ問題がありそうだけれども、仕方がないから入るか」という人が増えてもおかしくはない訳です。

現実はもっと厳しくて、今既に制度に入っていて、その制度には不安な点が少なからずありそうだ、という状態だと思います。自分の考えを投票行動に移すのは最低限の防衛策だとして、それと同等かそれ以上に、自らの生活を防衛するための手段を構築していくしか、方法はないように思えるのです。

以上は、「自分のことを守る」という観点でしか物事を見ていません。言い方を換えると「自分さえよければ」という観点です。社会を構成するわれわれには相互扶助の精神が尊いのだ、という立場に立てば、困っている人を助けるという要素が必要です。だから、医療や介護に「保険」という言葉が使われている訳ですね。

相互扶助であるべき「保険」というお仕事が、その範疇を超えたビジネスになっていたり、仕事を守るための仕事になっているという点が、とても歯痒く思います。

社会保障の「不都合な真実」

社会保障の「不都合な真実」


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本書の最後の章には、「社会保障費の拡大は景気対策か?」「社会保障費の拡大は成長戦略か?」というテーマがあって、これがなかなか考えさせられます。

僕は、社会保障関連の事業は、生産効率はなかなか上がらないけれど、利用者が増えていく数十年間は、GDPを押し上げるので、その意味では成長戦略であるし、景気対策にもなると思います。ちなみに、過去の研究では、公共工事よりも乗数効果(波及効果)が高いらしいのです。ただし、規制が撤廃されて、無駄が生じる可能性を徹底的に排除した場合に限ります。

しかし、その場合でも、持続可能な成長とするためには、財源の確保は不可欠で、一過性の景気対策にしかならない、例えば赤字国債によって費用を賄い続けることには反対です。これまでの社会保障行政の仕切り方を見てくると、もっとも難しい課題になるのでしょう。




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