書評〜新たなる資本主義の正体

「新たなる資本主義」と聞くと、たいそうな言葉にひるんでしまいそうですが、実は私たちの身近な存在である年金基金のことを指します。

「年金基金は身近な存在ではない」という声も聞こえてきそうです。それもそうですね。民間の社会人や公務員の場合は、所属する組織が年金基金を運営していますが、どのように運営されているのかを知る機会は限られていると思います。みんなが加入しているはずの、国民年金もそうですよね。

私は少し前まで、年金基金の資産運用をお手伝いする仕事をしていたので、現場の変化について手に取るように見ることができました。近年の年金運用では、投資先の企業に対して、株主として発言や投票をするようになっています。90年代などの、株主総会がしゃんしゃんと終わっていく様子とは隔世の感があります。「モノ言う株主」という言葉も出現してきましたね。

日本の場合、年金基金が、株主として直接企業に意見を申し入れることはないようですが、委託先の投資顧問会社が企業に意見を行うことはあります。そして、企業の最大の意思決定機関である株主総会において、すなわち議案の採決において、昔よりも積極的に行動するようになっています。

株主総会にかけられる議案の中身は限定されます。企業における日々の業務執行は、企業の経営陣に任せていることになります。しかし、もっと大きなレベルでの意思決定、例えば経営陣の賞与や退職金について、株主総会では議決を取るのです。赤字続きの企業の役員賞与を否決するなど、株主としての意向を反映することができるのです。

こうした動きを、前近代的な資本家(=大金持ち)と対比して、「新たなる資本主義」と形容しているのが本書の立場です。

つまり、株主が一塊の金持ちから、私たち市民になっているということです。現実には、市民である私たちは会社や国に年金の運営や運用を任せている場合が多いので、まだ実感するには至らない場合が多いのですが、それでも年金基金の運用者が積極的に行動すればするほど、企業は無茶な経営や社会的に認められない事業を行うことが難しくなっていきます。この変化は、ゆるやかなスピードでしか進みませんが、起きている意味は大きいのでしょうね。

根本的な話として、企業の経営に気に食わない点があれば、その企業の株式を売ってしまうという株主行動があります。これは、今でも有効な手段で、企業の経営陣にとっては堪える行動なのですが、一方で巨大化する年金基金においては、インデックス運用などの国全体に投資をする、あるいはリスク管理上の観点からインデックス運用を採用するという判断があります。

その判断は、極端なものでない限り妥当なものだと思いますが、そうなると投資先の経営についてもっと意見を言おうというのが、この変化の源流です。インデックス運用の投資先企業は、日本だけでも1700を超え、海外も含めると膨大な数です。それをサポートする専門機関も最近は増えています。こうした実状なども本書は紹介しています。

前近代の資本家と経営(そもそも同一であることも多かった)の間には、目に見えない共謀があったのかもしれませんが、巨大かつグローバルな存在である年金(国の年金も含みます)がモノを言うともなれば、企業は自ずと責任ある行動を取らざるを得ません。話題としては地味な感じがしますが、大切な意味を持っていると思います。逆に、企業の支配株主が国や特定の利害関係を持つ主体である場合には、相応の注意をもって評価をする必要があります。

新たなる資本主義の正体 ニューキャピタリストが社会を変える (HARVARD BUSINESS SCHOOL PRESS)

新たなる資本主義の正体 ニューキャピタリストが社会を変える (HARVARD BUSINESS SCHOOL PRESS)



【編集後記】訳本であることも関係してか、僕には内容がすっと入ってこない本でした。具体的な例を多く取り上げている点は、とても良かったと思います。訳本は2008年2月、原著は2006年ですから、この本が示す動きは今ではかなり顕在化されていると思います。
日本では、ライブドア村上ファンドの事件以来、アクティビストと言われる投資家が目立たなくなりました。不況の影響もいくらかはあると思います。しかし、以前にも増して、企業が国境を越えて活動し、そして運用資金も国境を越えてあっという間に動きますから、いわゆる資本の論理が直接的ないしは間接的に、どのように影響してくるのかを意識することは、大切だと思える本でした。




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