書評〜ソロスの講義録

ソロスの講義録  資本主義の呪縛を超えて

ソロスの講義録 資本主義の呪縛を超えて

ヘッジファンドで有名なジョージ・ソロスの本は2冊目。最初に読んだ「ソロスは警告する」では、リーマン・ショックを言い当てていたから、「やはりこの人はすごい」と思った記憶がある。ただし、僕が読んだのは最近の話で、予言を活かすことはできなかったけれど。

もっとも、ソロス氏の決して万能な訳ではない。彼が本書でもはっきり書いているように、バブルが発生していることは見抜けても、それがどれくらい継続し、いつ崩壊するのは分からない、と。そのバブル発生のメカニズムについては、ソロス氏の考えは他で言われている内容とそう変わらないのだが、ソロス氏は自らが好んで時間を注ぎ込んだ彼独特の哲学的な解説によって、それを説こうとしている。

僕は哲学を紐解いたことがないので、本書の著述はところどころ分かりにくいが、論理的に捉えていけば何がいいたいのかは抑えられるように思う。しかし、原書だったら理解できないだろうなあ。訳者に感謝です。

で、彼の言葉では「再帰性」という表現が頻繁に出てくる。それは、事実を追認するような説明やときに操作が行われると、その事実が誤っていたとしても継続して現れ、それによってさらに事実が作られていき、いつしか事実に見えるようになってしまうということらしい。バブルの発生過程に見られることですよね。言論の誘導などの政治でも見ることができる。

で、とりわけ「操作される」ことには注意を払わないといけない。しかし、我々の社会は知識を生み出すことの価値を重視してきたので、そうしたことに注意が向かない。さらに、「アメリカ人は、情報を吟味することよりも大雑把なメッセージをそのまま飲み込むことに慣れてしまった」とまで言っています。

そこで出てくるのが、「代理人」という概念。個人的には「利害関係者」と置き換えると分かり易い。利害関係者がお金や立場を利用して、事実に対する情報操作を行うと、社会はどんどんおかしな方向に行く。資源国における腐敗しかり、市場原理主義しかり・・・。

こうした説明は、ソロス氏の世界観であり、物事をどう捉えるかという思考の説明になっているわけです。

本書から彼の未来予測を体系的に得るのは難しいが、5章にまとめて書いてあります。中国の台頭を認識していることと、国際経済の規律を今後作るのはG7ではなくG20であること、そして中国の指導者層が抱えているであろう問題点についてです。短いですが、要点だけが書かれているので、忙しい人や既に前著を読んだ人は、この5章だけ読むのもアリです。

ソロス氏は、市場原理主義には反対だが、利己に走る市場に対しては肯定的です。しかし、(市場原理主義者よりも政府の方がマシだから)何でも自由に任せるのではなく、社会のルールが必要で、その決定には有権者としての公共の利益の尊重が重要であると考えています。しかし、その公共の利益には客観的なものさしがないため難しいが、試行錯誤を経るしかないと述べています。

具体的な示唆に欠けるという意味で後味が悪いのですが、このことこそが客観的に問題点を捉えたからこその書き方なのでしょう。この点において、操作された言論ではなく、自分で考えた末の意見を持つことが、より良い仕組みや市場を作っていくと言っているようです。

訳者が、「本書は前著と比べて具体的な未来予測は少ないが、ソロス氏の考え方が最も書かれた本である」と言っていたのは、この部分にあるのかもしれません。

もっとも資産運用にせよ、ビジネスにせよ、情報の真意を見極め、自らの考えを創り、ときに独自性を発揮していかないと勝てない訳ですから、当たり前と言えばそれまでの事ですが、物事が複雑になればこそ、陥る罠なのでしょうね。




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