感想〜アルケミスト(夢を旅した少年)

先週の旅行中に、小説「アルケミスト〜夢を旅した少年」(パウロ・コエーリョ著)を読んだ。

年にそれほどの数の小説を読まない僕が、小説のことを書くのは勇気がいるし、実際に他の作者との違いを述べるほどの知識もないのだが、この本はとてもよかったので、自身の記録のために書き残しておこうと思った。

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物語の主人公は、スペインのアンダルシア(スペインの下の方、海を渡るとアフリカ大陸である・・・)に生活する羊飼いの少年である。いつの時代設定なのかは分からなかったが、まだ車も飛行機もない時代の話である。旅をすること、そして異国を経験することが個人にとっての冒険であり、旅を続ける財力が必要なだけでなく、行動するという精神力を持ち続けることが大事である時代のようだ。

少年の「夢」は、実際に見た夢であり、僕らがよく言う『「夢」を追う』という言葉に込める「夢」ではない。しかし、当時の人たちにとっては、夢の中で起きた出来事が神秘的であればあるほど、何かを暗示しているという風に思ってもおかしくはない。

小説の中の出来事ではあるが、これは今の時代の僕らにも言えるのだろうか?僕は、現実的な夢、あるいは現実をちょっと滑稽にした程度の夢しか見ないので、夢から「夢」のヒントをもらうことはいまだかつてない。(余談)


少年は、エジプトのピラミッドで出会うという宝物を手に入れるために、旅をすることを決意し、羊を売って旅を始めるが、旅の途中でさまざまな困難に遭遇する。

と、ここまでは、よくありがちな展開であるが、「夢」を追い続けるべきか、現実的な選択肢を取るかで迷うことになる。しかし、最終的に「夢」を追い続けることを決意し、さらに困難な状況に出会うことになる。

このあたりから、SF的な要素が混じってきて、不思議な現象や人物が登場してくるのだが、それほど気にはならない。むしろ、人間は自然の一部であり、精神を研ぎ澄ませるほど、自然の一部として生業を続けることができるという解釈によれば、不思議に思っても不自然な感じはしない。

そして、人物の言動や出来事が起こる過程をみていくと、何かを求めるがあまり、焦ったり策を講じすぎるのではなく、自然の流れや兆しに従うことに意味がある、と説いているようである。こうした考えは、現代のメンタル・マネジメントにも通じているようで興味深い。

起こる出来事から評すれば、この作品はSFなのだろうけれど、誰しもが持っているであろう「夢」を追う場面に何が必要かを教えてくれるようだ。それは、「夢」を手に入れるという精神の強さだろうし、自然や他人は操作不能なので起きたことを受け容れる寛容さ(あるいは我慢強さ)であろうし、変化や兆しに気付く繊細さであろう。

読みながら、勇気をもらう本であった。訳も非常に良かった。

アルケミスト 夢を旅した少年 (角川文庫)

アルケミスト 夢を旅した少年 (角川文庫)




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